細胞培養におけるトリプシン処理とは。処理方法や注意点まとめ

catch-img

細胞培養において欠かせない操作のひとつが「トリプシン処理(trypsinization)」です。特に、接着細胞を継代(パッセージ)する際には、細胞を培養容器から剥がすためにトリプシンを用いるのが一般的です。この工程により、細胞を健全な状態で再播種し、長期的な培養を維持できます。

この記事では、トリプシン処理の基本原理から、EDTAとの併用効果、最適化のポイント、過剰処理による影響、創薬・ライフサイエンス研究における応用について解説します。

マイクロプレートの「サンプル」の取り寄せについてはこちらからお問い合わせください。

目次[非表示]

  1. 1.トリプシン処理とは
    1. 1.1.トリプシンとEDTAの役割
    2. 1.2.接着細胞の継代における重要性
  2. 2.トリプシン処理の方法と注意点
    1. 2.1.濃度と処理時間の最適化
    2. 2.2.過剰処理による影響
  3. 3.製薬・研究におけるトリプシン処理の応用
  4. 4.まとめ

トリプシン処理とは

トリプシン処理とは、接着細胞を培養皿やフラスコから剥がし、再播種するために行う酵素処理を指します。

トリプシンは、膵臓由来のセリンプロテアーゼで、アルギニンやリシン残基のカルボキシ基側を特異的に加水分解します。また、細胞外マトリックスや膜結合タンパク質を分解することで、細胞同士および基質との接着を解除します。つまり、細胞をバラバラにして再度培養可能な状態に戻すことがトリプシン処理の目的です。

細胞培養においては、継代や凍結前処理、細胞回収などのタイミングでトリプシン処理が行われます。特に、線維芽細胞や上皮細胞のような強固に接着する細胞系では一般的に用いられます。

トリプシンとEDTAの役割

トリプシン処理でしばしば用いられるのが「トリプシン-EDTA溶液」です。これは、トリプシンがアクセスしにくい結合部位を解除しやすくする補助剤として EDTA が併用されます。

トリプシンがタンパク質結合を加水分解する一方で、EDTAはカルシウム(Ca²⁺)やマグネシウム(Mg²⁺)などの二価金属イオンをキレートします。これらの金属イオンは、細胞間接着分子(カドヘリンなど)や細胞外マトリックスタンパク質の構造安定化に関与しており、EDTAがそれらを除去することで、細胞接着の解除がよりスムーズに進行します。

トリプシンとEDTAを組み合わせることで、短時間で均一な細胞剥離が可能となる傾向があります。ただし、EDTAの濃度が高すぎると細胞膜の浸透圧バランスが崩れ、形態異常やアポトーシスの原因になる可能性があります。そのため、一般的にはトリプシン0.05%(〜0.25%)、EDTA 0.02%程度の濃度が標準とされています。

接着細胞の継代における重要性

トリプシン処理は、接着細胞を「継代(パッセージ)」する際に標準的に使われる処理工程です。細胞を健康な状態で次の培養容器へ移すために、剥離・回収・再播種を適切なタイミングで行う必要があります。

継代のタイミングを誤ると、細胞の形態変化や増殖速度の低下を招くとされています。過密状態での長期培養は細胞のストレスを引き起こし、遺伝的ドリフトや分化誘導の原因になります。そのため、細胞が80〜90%のコンフルエンス(増殖密度)に達した時点でトリプシン処理を行うのが一般的です。

また、温度管理も重要です。トリプシンは37℃で最も活性が高まるため、処理中の温度維持が効率的な剥離に直結します。一方で、処理後は速やかに培地を添加してトリプシンを中和しなければ、細胞膜タンパク質の損傷や細胞活性の低下を招く可能性があります。

トリプシン処理の方法と注意点

トリプシン処理は、接着細胞を安全かつ効率的に剥離するための工程であり、酵素濃度・処理時間・温度管理・中和処理の4つが成功の可否に関わります。

▼標準的なトリプシン処理手順

  1. 古い培地を除去し、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)で洗浄して血清成分を取り除く

  2. トリプシン-EDTA溶液を添加し、細胞を覆うように均一に分散させる

  3. 37℃で2〜3分間インキュベートし、顕微鏡で剥離状態を観察(細胞種や接着性に応じて5〜10分になる場合もある)

  4. 細胞が浮き始めたら、速やかに血清含有培地を添加してトリプシン活性を中和

  5. ピペッティングにより細胞を均一に分散させ、新しい培養フラスコやマイクロプレートに播種

特に重要なのが、「処理時間」と「中和操作」です。過剰に処理すると、膜タンパク質や受容体が破壊される損傷リスクがあります。逆に、処理が短すぎると剥離が不十分で、細胞塊が残ります。顕微鏡下で剥離状態を確認しながら操作を進めることが理想的です。

濃度と処理時間の最適化

トリプシン処理の適正条件は、「細胞種」「年齢(継代回数)」「培養基質」の違いによって大きく左右されます。最適化のポイントは以下の3点です。

  1. 細胞観察の徹底:処理中は顕微鏡で細胞の丸まり具合を確認し、完全に剥がれる直前で中止

  2. トリプシン濃度の調整:高密度培養時は濃度を低めに設定し、細胞のばらつきを抑える

  3. 温度管理:酵素活性が最も高い37℃を維持。低温では反応が遅れ、高温では細胞がストレスを受ける

また、継代回数が進むにつれて細胞の接着力が変化することがあります。そのため、研究現場では「ロットごとの反応差」を把握し、条件を都度見直すことが推奨されています。

過剰処理による影響

トリプシン処理における最も一般的な失敗は「過剰処理」です。過剰処理の兆候としては、以下のような変化が挙げられます。

  • 細胞が丸まったまま剥離後の付着再開が遅れる可能性がある

  • 再播種後の接着が遅れ、増殖速度が低下する

  • 細胞骨格の構造が不安定になり、形態が不均一になる

  • 特定タンパク質(例:CD44、E-cadherin)の発現低下

過剰な酵素作用は細胞外マトリックスや膜タンパク質の切断を引き起こし、細胞機能を不可逆的に損なうことがあります。

これを防ぐためには、トリプシン処理後の即時中和が重要です。血清含有培地はトリプシン阻害因子(trypsin inhibitor)を含むため、処理後にすぐ添加することで酵素反応を止めることができます。また、洗浄操作を怠ると残存トリプシンが細胞を攻撃し続けるため、PBSや培地での十分なリンスも欠かせません。

製薬・研究におけるトリプシン処理の応用

製薬開発の現場では、トリプシン処理が以下のような工程で応用されています。

薬剤スクリーニング前の細胞調製

均一な接着状態を得るため、継代直後の健康な細胞を使用

トランスフェクションや遺伝子導入前処理

細胞を単離化することで試薬浸透を高める

さらに、HCS(ハイコンテントスクリーニング)やオルガノイド培養など、次世代型解析技術でも、トリプシン処理による単一細胞化(single-cell isolation)が基盤となっています。

まとめ

この記事では、トリプシン処理について以下の内容を解説しました。

  • トリプシン処理の概要

  • トリプシン処理の方法と注意点

  • 製薬・研究におけるトリプシン処理の応用

トリプシン処理は、接着細胞を継代・解析・保存するうえで不可欠な操作です。トリプシンとEDTAの作用を正しく理解し、濃度・時間・温度を最適化することで、細胞損傷を最小限に抑えつつ効率的に剥離できます。

日本ゼオンの『Aurora Microplates™』は、トリプシン処理後の細胞播種や顕微鏡観察に最適であり、安定した培養環境を提供します。

実験の精度や効率を向上させる最新の情報や、詳細な仕様については、以下の資料からご確認ください。

人気記事ランキング

タグ一覧